September 27, 2014

オーストリアのパン食文化

食のセンスある方々にパンの愉しみについて伺う『わたしの素敵なパン時間』 (日清製粉 NKCレーダーにて連載中)第36回目はパン文化史研究者の舟田詠子さんでした。

創・食Club会員及びNKCレーダー購読者の方のみご覧いただける記事ですが、許可を得てこちらでも全文ご紹介させていただきます。

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看板商品のパンを、誰もが買える値段で出すのがオーストリアのパン屋さんの精神

舟田詠子さん/パン文化史研究者

◇豊かなブランチの時間

ウィーンでは、誰も来ない日は朝昼兼用で、冷蔵庫に常備されているものを、いろいろ食べますよ。野菜、チーズやクリーム、ヨーグルトなどの乳製品を数種類、自家製スプレッドやジャム、パンにコーヒー。

一番よく食べるライ麦50%のミッシュブロートは切り売りで最低でも500gは買わないといけないんだけれど、100円から150円くらいで買えるの。自分の店の看板商品だというパンを、誰もが買える値段で出すというのがオーストリアのパン屋さんの精神なのよ。人の命を養うんだ、っていう精神ね。菓子パンみたいなものは途方もなく高いとわたしは思うのよ。でも、そういうパンはお金のある人が買えばいいわけよ。スタンダードのパンがすごく売れるからパン屋さんはもとがとれるというわけ。

ウィーンのスーパーに行くと肉加工品のウィンドウは10m、乳製品は15mくらいあるんですよ。パンを食べるためにはそうでないとね。乳製品は本当にいろいろあって、なかでもトプフェン(ドイツでいうクヴァルク)というフレッシュチーズは、お豆腐と同じくらいの値段で、パンに塗るためのものだけでもハーブ入り、パプリカ入り、ツナ入り……と10種類以上あるのよ。

わたしはミッシュブロートにはバターの代わりにサワークリームを塗ります。ライ麦パンは脂肪分が入っているものを一緒に食べるとおいしくて、その脂肪もサワークリームのほうがパンの味をひきたてる気がするわ。

 前に住んでいた家の庭は果樹園のように、ブルーベリー、ラズベリー、リンゴ、杏などが採れたので、よくジャムを作りました。リンゴは冬の時期、赤いルバーブと合わせて煮るとおいしいのよ。野菜のスプレッドは、マッシュルーム、トマト、ズッキーニ、パプリカなどをトロトロになるまで炒めて作るの。赤ワインやハーブ、トマトペーストも入れて、さらにカレールーを入れたものは人気があるのよ。これはカナッペにします。

◇ウィーンの素敵なカナッペ屋さん

ウィーンにはカナッペ屋さんというのがあるんですよ。日本でもパンが食事になる方法をもっと考えて、カナッペをやったら可能性が増えると思う。日本人は手先が器用なんだから、すごいことになると思いますよ。

カナッペ屋さんには上にのせる食材が250種類くらいあるの。サーモン、イワシ、ニシンの幼魚、イクラ、キャビア、卵、ハム、ソーセージ、野菜……なんでもいいのね。1つ150円くらいで、3個食べたらお腹一杯。黒パンに3種類の食材を組み合わせる店があれば、白パンに彩りよく、目が喜ぶようなきれいな盛り方をする店もあって、そんな店ではワインを抱えた青年が「これ2つ、あれ2つ」って全部ペアで買っていたりして、きっと彼女が来るのね。カナッペはテイクアウトもできるから、家できれいに並べたら、とても素敵。

◇麦を育て、収穫し、パンを焼き、食べてきた人たち

オーストリアではお母さんが幼児にミッシュブロートの端を手に持たせるのよ。少し大きくなっても、「お腹がすいたら食べなさい」って持たせるのね。そうやって、人は小さい時にパンの味を知るのよ。

EUと共に白くて柔らかいもの、見てくれのいいものが入ってきて、お母さんが手で切ったのよりスライサーで切ったパンのほうがよくなって、今はどこの家にもスライサーがあるの。昔、パンを最初に切る時には、食べ物や作物を神棚に供えてからいただくのと同じように、パンの下側に包丁の先で十字の印をつけて、初切りの儀礼をしたけれど、スライサーになってからはしなくなっちゃった。昔はそうやって感謝の祈りをしてから食べていたのに、いろんなことが変わってしまったわね。

パンというものは、おいしい、まずいを話題にするものではないのよね。オーストリアは食糧自給率が95%ぐらい。わたしが調査に行くような農家のパンは、日本みたいに高級なパンではないけれど、どんなに重たいパンだろうと自分のところで育てた麦のパンを食べているのよ。

わたしがインタビューをしてきたアルプスの村のおばあさんたちはね、「食べもので何がいちばん好きですか」と聞くと、「食べられるものならなんでも好きですよ。食べられるものならなんでもおいしいと思いますよ」と言ったのよ。

作物を自分の手で作っている人は、やっと芽が出た、ここまで育った、嵐が来たけど大丈夫だった、というように毎日手塩にかけてきたからこそ、そう思えるんでしょうね。

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舟田詠子  / パン文化史研究者

東京生まれ。上智大学ドイツ文学科卒、ドイツ留学。 1978年来、世界各地でパンの文化を探るフィールドワークと文献研究を行う。1年のうち約7ヶ月はウィーン在住。
著書 『アルプスの谷に亜麻を紡いで』(筑摩書房)、『アルプスの村のクリスマス』(リブロポート)、『誰も知らないクリスマス』(朝日新聞社)、BROT–Teil des Lebens』(mdv)、訳書 『中世東アルプス旅日記』(筑摩書房) 、『パンの文化史』(講談社学術文庫)
制作ビデオ《パンの民俗誌》、制作協力ビデオ 《人間は何を食べてきたか》(NHK教育スペシャル)

(株式会社日清経営技術センター会報『NKCレーダーvol.69』掲載記事)

【以前の記事】

第35回 笹島保弘さん /  イル ギオットーネ オーナーシェフ

第34回 クリストフ・ヴァスール さん /  デュ・パン・エ・デ・ジデ オーナーシェフ


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August 27, 2014

それぞれのアメリカのsomething good

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8月は京都大丸にオープンしたル・プチメックと、10周年でリニューアルをしたル・シュクレクールを取材しました。

ル・プチメックはずっと、目が離せない面白さで、わたしを魅了し続けています。

ル・シュクレクールは、LA BONNE TABLEがきっかけで取材につながりました。昨年のクリストフ・ヴァスールさんの取材も、さらにはサンフランシスコの個人的な想い出も伏線としてあり、ぜひ今、お話を聞きたいと思ったのでした。

偶然、この二軒には共通することがありました。

今まで、それぞれの想うフレンチスタイルを貫いてきた、ル・プチメックの西山逸成さんと、ル・シュクレクールの岩永歩さんでしたが、時を同じくしてそれぞれの店に、ちょっといい感じのアメリカンテイストを取り込んでいて、それが素敵だった、ということ。

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パリばかりでなくて、いろいろな国にルーツをもつ人々が醸し出す、ある種独特なエネルギーに満ちたアメリカの都市部にも、魅力的な店づくりをされている人はたくさんいます。

洗練されていながらも、温かなrustic atmosphereが感じられる店など、個人的にとても好き、だから思っていました。そういう店のブランドや看板ではなくて、そのなかにあるあの「素敵な感じ」を持ってきてくれる日本人はいないだろうかと。

たぶん国籍の話ではないのです。単にアメリカがいいとか、トレンドとかではなくて。
(とくに”アメリカ”なんてことばは、”パン”といっしょで、経験値によってイメージするものがまるで異なるから)

いろいろな国に由来するいいものが、自由に表現され洗練され、移り変わりながらその歴史の先端を伸ばしていく感じに、わくわくするのかもしれない。日本人の習性かな。わからないけれど。

国籍ではなくて、なにがいいのだといったら、個人のセンスです。
職人技術はプロなのだから当然、そのうえで、商品に使う素材や店の雰囲気は、経営者のセンス如何であると感じます。

それは一時のファッションではなく、時代や空間を超えていくのだと思っています。

伝え方はそれぞれ違うけれど、シンプルでいいアメリカの"something good"を、素敵な2つの取材の中に見ました。

ル・シュクレクール【大阪・吹田】

ル・プチメック 大丸京都店の新スタイル


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June 26, 2014

パリ-アッシュとル・シュクレ・クール

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大阪のパリ-アッシュへ。5年ぶり。
昨年、本町から中之島に移られたのだ。
年末より約束していてようやく行けた。

天野尚道さんは5年前と同じように奥で黙々とパンをつくられていて
5年前と同じようにわたしに、貴重な時間を分けてくださった。

天野さんが油絵のように素材をかさねていく手法でパンをつくられるから、
わたしも5年前のアッシュにいまのアッシュをかさねていく手法で
インタビューをとった。

限られた貴重な時間に、会ってくださってありがとう、と思う。
マダムの恵美子さんの笑顔にもまた助けられた。
いつも、素敵なご夫婦だ。

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All Aboutで書いた記事はこちら

パリ-アッシュ【大阪・中之島】


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それから初めての、ル・シュクレ・クール。
All AboutやBread Journalを読んでくださる方々に
アッシュとならんで、ファンが多いパン屋さんだ。
わたしはなかなか訪れる機会がないまま今に。

すこし前にコレド室町の LA BONNE TABLEで思いがけず
1ピースの、岩永歩さんのパンに出合った。

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このパンはもとはとても大きくて、テーブルくらいの大きさなのです
と説明を受けた。わたしはそこで、デュ・パン・エ・デジ デの
クリストフ・ヴァスールさん
のことを思い出した。

料理のためのパンだ。
友達(のように大切なひと)のためのパンだ。

よく焼きこまれたクラストのこうばしさが、
森のような香りのするワインとよくあって、
そのクラストに包まれた瑞々しい生地の味わいが、
料理とおなじくらいに生き生きと、
心地よさそうに呼吸しているのを感じた。

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こんどはル・シュクレ・クールのパンを知りたい、と思った。
近いうちに、取材させていただく予定。
なんとか、機会をつくらなくちゃ。

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June 25, 2014

トースターとホームベーカリーの取材

Bread+something good(パンと何かいいもの)について書く最近の仕事で
「トースト総研」での連載がありましたが、トーストといえばトースターです。

最新式のトースターが、オーブン機能も搭載されてすごいのだけれど、
つくったひとに話を伺ってみたいと口にしたら、叶ってしまったのでした。

日本初、いや、世界初のホームベーカリーをつくったひとのお話も
伺えることになり、滋賀の草津のパナソニックアプライアンス社へ。

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そこで機工(設計)、制御回路、コンピューター、調理ソフトのプログラム開発
などを担当されている人々にお会いしました。

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キーを一度押すだけで、魔法のようにおいしいものが焼けるその小さな機械に
詰まった知識や技術。ニッポンのパン食のトレンド。

5時間半にわたる取材の終わる頃、夕立があって、虹が出ていました。
お会いできた方々の笑顔と静かな情熱に、心を打たれました。
貴重なお話に感謝。

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+something good、今回はオーブンとホームベーカリーでした。
このお話はあらためて。

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June 10, 2014

静岡フードミュージアム構想

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テレビ静岡の番組「てっぺん静岡」の「静岡フードミュージアム構想」なるコーナー出演のため、静岡のパン屋さん「マルコ デュ パン」へ。

若き職人さんたちがこの3カ月、番組に協力して試行錯誤しながら作り上げてきた「ご当地パン」を完成させるお手伝いでした。

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数年前から東京でお祭りなども開催されて、日本全国の「ご当地パン」には注目が集まっています。地粉や地域食材、郷土料理などと素敵な関係を築いていけるパンには新しい可能性がある気がします。

今回わたしは、「ご当地パン祭」ばかりか、パン屋さんでも、各種コンテストにおいてさえも、見たことも食べたこともないようなパンに出合い、その新しい発想に心を打たれました。

それが商品として成り立つには、店でのオペレーションやコストや経時劣化や、なによりこの店のお客さまにどう受け入れられるかを考えに入れなければならず、簡単ではないものですね。でも、期待が持てました。

放送は静岡地域だけになりますが、6月11日です。

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June 05, 2014

パンを無駄にしないイタリア料理

食のセンスある方々にパンの愉しみについて伺う『わたしの素敵なパン時間』 (日清製粉 「創·食Club」、NKCレーダー、NKCレポートにて連載中)第35回目はイル ギオットーネ オーナーシェフ、笹島保弘さんでした。

創・食Club会員及びNKCレーダー購読者の方のみご覧いただける記事ですが、許可を得てこちらでも全文ご紹介させていただきます。

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レストランにも家庭にもパンを絶対に無駄にしないための料理がいくつもある
笹島保弘さん/イル ギオットーネ オーナーシェフ

◇パンは、子供の頃は朝、今は夜の食べもの

おやじがコーヒー好きで、朝はご飯とみそ汁ではなくてパンとコーヒーという家だったので、子供の時からクロワッサンやブリオッシュを食べていましたよ。パンの他はコーヒーとサラダくらいなものですが、マーガリンじゃなくてバターだとか、ジャムもいくつかある中から好きなのを選ぶとかにこだわっていました。だから朝の記憶はパンとコーヒーの匂いですね。

今は意識的にきっちりと朝食をとります。空腹で料理して「わぁ、うまそうやなー」いう感じでお客さんに出したいんで、昼はなるべく我慢して、夜はパンとチーズとワインで一日の食事を締めくくります。今のぼくには、パンは夜中の食べものという感じですね。

ワインはピノノワール。ブルゴーニュのちょっと酸味のあるのが好きです。チーズはサンタンドレ、タレッジオ、パルミジャーノレッジャーノ。パンとチーズはご飯とお漬物みたいなもの。炭水化物と発酵食品を最後に食べるのは理にかなっていると思いますよ。料理人の集まりも夜中のことが多いですけど、そこでも皆でパンとチーズと赤ワインです。

◇パンと旨味

レストランのパンは、焼きたてで温かいことにこだわっています。焼く子らによって個性が出るのは否定しないけれど、料理との相性はアドバイスしますよ。なぜならパンだけで完結ではないから。おかずがあってご飯があるみたいなもんやからね。

人間の脳は、あまりに旨過ぎるものを食べると満腹に感じてしまうんです。だからパンを旨過ぎないようにするのがパン屋さんとレストランの違うところなんですよ。わざと塩を入れないでそっけなく作るパーネトスカーナなんてまさに、イタリアのパンと料理の関係を表してますよ。

イタリアで簡単に昼食をすませたいと思ったら屋台です。バラの花の形をしたロゼッタはパニーノのためにあるパンですが、それが山積みになったおでん屋のような屋台があります。ロゼッタを二つに割ってスープをビチャビチャにかけて肉を挟んでくれるんですが、固いパンが簡単につぶれるわけですよ。それに赤ワイン1杯で150円ほど。スープはおでんの出汁みたいだし、肉はトリッパか何かでやたら旨い。満腹にはなっていないけれど脳が旨味で満たされて、今日は食べたなって感じになるんです。

◇イタリアのパンと文化

イタリアのバールのパニーノは野菜もピクルスもなく生ハムだけを挟むんやけど、その枚数も薄さも完璧なバランスで、これがもう文化としか言いようがない。長年の感覚で決まっているんですね。職人には誇りがあって、鮨屋の大将と同じものを感じますね。

あと、レストランでお洒落やなぁ思うのは、片手にパンを持ち、片手にフォークを持ってしゃべる姿が格好いい人。ナイフを置いてフォークに持ち替えて、もう一方の手には常にパンを持って、ソースを拭ったりフォークを補助したりと、上手にパンを使って食べている人を見ると、ヨーロッパで暮らしていたのかなと思いますね。

◇パンを無駄にしない料理

イタリア人はパンが固くなっても捨てないですよ。それは文化なんです。日本でもパンを自分でアレンジして食べられるようになると食文化として定着してくると思いますよ。そのヒントはイタリア料理の中にありますね。絶対に無駄にしないということ。これはパン粉ごときの話やなくて、レストランにも家庭料理にもそういうメニューがありますね。

「パッパアルポモドーロ」はカチカチになったパンをトマトソースにでふやかした料理なんですけど、先月行ったイタリアではほぼ毎日食べてました。イタリアは空気が乾燥していてパンがすぐ固くなるんです。それをトマトソースでトロトロに炊く。具が入ると名前が変わって「リボリータ」。二度煮た、という意味になります。余ったミネストローネに余ったパンを入れるんです。ここに卵をポンと割ってオーブンで焼くと「アクアコッタ」になります。

京都のバールのヒットメニューは「モッツァレラインカロッツァ」。溶き卵に浸したパンにモツァレラチーズをのせて蓋をしたフライパンで蒸し焼きにして、サンドイッチにしてアンチョビバターをかけるんですよ。これだけでワインを2杯飲めますよ。「馬車に乗ったモツァレラ」という意味ですが、こういうものをいかにも高級な食べもののようにネーミングするのも、イタリア料理のおもしろいところですね。

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笹島保弘 /  イル ギオットーネ オーナーシェフ

1964年大阪生まれ。高校卒業後、サービスの世界に魅せられてレストラン業界に入る。その後、料理のおもしろさに目覚めて料理人に転向。88年「ラトゥール」(大阪)、91年 「ラヴィータ宝ヶ池」、 96年「イル・パッパラルド」(京都)で 料理長を務めた後、2002年、イタリアのように地産地消に積極的に取り組んだ京都発信のイタリアンを目指し、京都、八坂の塔の隣に「イル ギオットーネ」を 開業。05年には丸の内に2号店をオープン。京野菜をふんだんに使ったイタリアンで人気を博している。

(株式会社日清経営技術センター会報『NKCレーダーvol.68』掲載記事)

【前回の記事】
第34回 クリストフ・ヴァスール さん /  デュ・パン・エ・デ・ジデ オーナーシェフ

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May 30, 2014

KURASHI&Trips フルタヨウコさんと対談

料理家のフルタヨウコさんとパンとジャムを愉しむ対談をさせていただいた。

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ヨウコさんがジャムをつくっているKURASHI&Tripsというブランドのコンセプトは「日々の暮らしに、ひとさじ分の非日常を」。ヨウコさんのキッチンでパンとジャムとチーズを組み合わせては庭で撮影して、試食した。

わたしは、ヨーグルトクリームを紹介した。水切りヨーグルト。ギリシャヨーグルトともいうかもしれない。ヨーグルトクリームはあっさりしたマスカルポーネのようで、この季節、パンにつけたり、添えたりするのにいい。水分のホエー(乳清)は栄養があるので捨てずに使いたいところだけれど、そのまま飲んでもつまらない味……と思ったところ、ヨウコさんがジンジャーコーディアルを出してきてくれた。それで割ると、たちまち初夏の飲み物に。

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それから、前日の思いつき(頭の中でコーディネイトしてはいたけれど初の組み合わせ)で、つくってみたらとびきりおいしかったのが、キタノカオリで焼かれたカンパーニュにバターと青梅のジャムを塗って、「プティアグール」というバスクの羊のチーズをヒラヒラと削ってのせたタルティーヌ。おいしかったので、撮影がすんでからもみんなに一枚ずつ、また作ってしまった。

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終始なごやかな空気が流れていたのは、スタイリングされ作り上げられたひとこまではなく、普段のそのままの生活の一部だからだと思う。居心地がよく、すっかり素な気持ちになってしまった。これからはできるだけ素でありたい。素でいられる自分でいたい。

終わってみて気が付いたこと。
わたしは今回、パン職人さんと話をしてパンを選んだ。チーズ屋さんと話をしてチーズを選んだ。料理家と話をしながら一皿を一緒につくった。そのすべてが今日のこの素敵なトリップであった、ということ。皆さまに感謝。

対談の内容詳細は来月下旬頃にお知らせできると思います。

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ヨウコさんの北欧風スープ。ごちそうさまでした。

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May 26, 2014

and after a long absence

2月下旬から、こちらのBread Journalの更新が滞っていました。

Bread Journal Facebook 
のフォロワーは2014年5月26日現在3180名を越え、投稿をすればリアルタイムで
読者の反応がわかることが励みになっています。

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でも、文章を書くならブログのほうが適している。

2月の下旬、誕生日に、自分の仕事について考えました。
書く、ということ。子供の頃から書いて生きていきたいと考えていて、
それは2000年頃からようやく仕事のかたちをとり始めました。

書いて生きていくためにはしなければならないことがいろいろあります。
それはひとことでは言えないのですが、ブログのための時間は少なくなりました。
ブログもまた、書く場所ではあるのですが。

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更新がない間に訪れてくださった皆さまにお詫びをするとともに
楽しみにしていてくださった方に、心からの感謝します。
ありがとうございます。

2月から、トースト総合研究所
でコラムの連載が始まりました(上のふたつの写真はそのコラムから)。
これはとても嬉しいことでした。よかったら、読んでください。

あと数本の未公開記事を公開したら連載は一旦終了しますが
またいつか続編ができたらと思っています。

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春は読者の方と直接お会いできる機会がいくつかありました。
3月は以前ここにも掲載した、パン文化研究者の舟田詠子さんのトークイベントを主催しました。
自ら主催したのは初めてのことでした。

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また、朝日カルチャー講座では丸の内のヴィロンで講師を務めました。
朝日カルチャー講師は来月のツオップで終了です。

5月は久しぶりに料理専門誌『料理王国』で記事を執筆しました。
紙の媒体で書かせていただけることは、非常にありがたいことでした。

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今までの仕事については2006年頃からこちらにおおまかに記録しています。
先日ようやく更新しました。時の流れるのは早いものです!

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書く以外の仕事も、書くためにしています。
そのことをいつも、自覚して、続けて行きたいと思います。

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これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。

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January 30, 2014

デュ・パン・エ・デジデのクリストフさんが友達と食べたかったパン。

食のセンスある方々にパンの愉しみについて伺う『わたしの素敵なパン時間』 (日清製粉 「創·食Club」、NKCレーダー、NKCレポートにて連載中)第34回目はデュ・パン・エ・デジデオーナーシェフのクリストフ・ヴァスールさんでした。

創・食Club会員及びNKCレーダー購読者の方のみご覧いただける記事ですが、許可を得てこちらでも全文ご紹介させていただきます。

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友人とテーブルを囲んで食べたいと思ったパンがスペシャリテになった
クリストフ・ヴァスール さん /  デュ・パン・エ・デ・ジデ オーナーシェフ

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◇ビジネスマンからパン職人へ

パン職人は自分がつくるものを通して人に笑顔を届けることができる。パンを食べる人たちに、昔を思い出すとか、記憶の旅をさせてあげられる仕事です。フランス人にとって、食べることは単に栄養を摂るというだけではなく、心を支えるものでもあります。フランスには「パンがないみたいに淋しい」という表現もあるし、フランス革命はパンが手に入らないことが原因で起きたしね。

小さい頃からぼくはパン職人になりたいと思っていました。手を使った仕事がしたいと思っていたし、皆でテーブルを囲んでおいしいものを食べることが好きだったので。でもうちは医者の家庭で、両親から勉強に専念するように言われ、いつしかその夢を忘れてしまっていました。

リヨンの絹織物の会社に就職し、アジアにスカーフを紹介する仕事をしていたある日、バンコクで商談中、突然仕事に物足りなさを感じてしまったのです。「なぜぼくはいつもスカーフの値段や注文の話をしているんだろう。本当はもっと違う、何かもっと大切なもの、人生になくてはならないものに携わりたいんだ!」と。そしてフランスに戻り、パン職人になりました。

◇パン・デ・ザミ誕生秘話

ぼくのパンを知らない人は、フランス人であっても10人中9人がちょっと焦げているんじゃないか、焼き過ぎなんじゃないかと思うようです。

パン屋になろうと思った時、学校は白いパンを教えるところばかりで、ぼくが作りたいパンを教えてくれるところはなかった。今のフランスでは白いパンが好まれ、皮のしっかり焼けたパンを食べる人は少なくなってしまっているからね。そこで仕方なく2週間だけ学校で基礎を学び、あとは修業先でつくり方を見ておぼえました。そして19世紀に建てられたパン屋の跡地で開業したのです。最初は試行錯誤の連続で、納得できるパンができるまでには4年かかりました。

ある日曜日のこと、友達を呼んで食事をした時に、2日置いてあった生地を焼いてみたんですね。それをじっくり1時間ほどかけて焼いたのです。時間をかけたのは友達のためだからでした。すると、なんでこのおいしいパンを店で売らないのかと聞かれたんです。「今日は特別に手間をかけたんだよ。友達のためにね」と言いましたが、「すごくおいしいから、絶対売ったらいい」と勧められたのです。それがパン・デ・ザミです。

パン・デ・ザミは時間が鍵です。焼き過ぎても味が落ちるので調整が大事です。トラディションフランセーズ粉を使って、イーストは0.02%。加水は多め。パンのおいしさの80%は香りだと思っています。このパンは上中下と香りが三層になっていて、上部は栗のようだし、下部はとても強い香りが、ワインのように鼻腔を抜けていく。色の濃いところは焦げているのではなく、ローストしてあるから苦くはないですよ。コーヒー豆みたいにね。初めてのお客さんには販売時にそのことを説明します。すると必ずまた買いにきてくれるんです。

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◇パン・デ・ザミの味わい

パン・デ・ザミは焼いて2日は焼きなおさなくて大丈夫です。ぼくはこのままで食べることもあるし、フォアグラやはちみつをつけたりして毎日のように食べています。板チョコもよく合わせます。妻はビターが好きだけれど、ぼくはミルクチョコが好きかも。チョコレートをパリっとかじると小さな花火がぱっと開く感じ。パンをかじるとまた小さな花火が開く。口の中でチョコとよく焼けたパンの香りが融合して、そのおいしさは何倍にも増殖していきます。この感じは、背脂の生ハムと言われるラルド・コロナータの薄切りと一緒に食べる時もそうなります。

◇アラン・デュカスとの出会い

ル・シャトーブリアンというレストランのシェフが友達で、プライベートの食事会に誘ってくれたことがありました。「アラン・デュカスが来るから、パンを持っておいでよ」ってね。その時、ぼくのパンを食べたデュカスがすごく驚いている様子だったのを覚えているんだけれど、食事のあとで、彼のレストラン、アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ用に焼いてくれないかと言われたんです。

「プラザ・アテネにはパン職人がいるでしょう?」というと「いるけれど、こんなパンは食べたことがないし、彼らにはこんなパンはつくれない」って。ただ情熱だけで、本当に何もないところからパンをつくり始めて10年。そのぼくのパンにあの三つ星シェフが「食べたことがない」って言ってくれたんだ!プラザ・アテネではパンをワゴンでテーブルに運んで、切り分けてサーヴしてもらっています。そのことをぼくは大変光栄に思っています。

クリストフ・ヴァスール / デュ・パン・エ・デ・ジデ オーナーシェフ
1967年オート=サヴォア県の医師の家に生まれる。世界各地で絹のビジネスマンとして働き、1999年にパン職人の道へ。2002年パリ10区で開業。スペシャリテである「パン・デ・ザミ」を中心に伝統的な製法のパンで1900年代のブーランジュリーの世界を再現する。

(株式会社日清経営技術センター会報『NKCレーダーvol.67』掲載記事)

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クリストフさんにお会いし、お話を伺うことができたのは、「J'AIME PARIS ジェーム·パリ~アラン·デュカスのお気に入り~」企画でクリストフさんがアラン・デュカスさんのお気に入りブーランジェとして昨年、東京のブノワに招聘されたからでした。Special Thanks to Alain Ducasse Entreprise.

本当に毎回、多くの方のご協力で成り立っているこの企画。今年はより多くの方に読んでいただけるよう努めます。

【関連記事】
「わたしの素敵なパン時間」クリストフ・ヴァスールさん

J'AIME PARIS アラン・デュカスのお気に入り パン職人編


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January 08, 2014

人と人、人と言葉の繋がりについて

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年末、All Aboutベストパンの記事を書いている時、数年前に仕事をご一緒したひとから、メッセージが入った。数年前のその仕事は、拙著『日々のパン手帖~パンを愉しむsomething good』(メディアファクトリー)を読んだそのひとが声をかけてくださった、わたしにとって本当に大きなプロジェクトだった。

今回もわたしが以前書いた記事で、シニフィアン・シニフィエの志賀勝栄さんの故郷が新潟県十日町市で、町おこしのお手伝いとして米粉パンをつくられていることを知り、自分は今、十日町で地元産の米粉を使った食品の工場建設に携わっているので、何か一緒にできないかと思うというお話。

年があけてすぐに、わたしはそのひとと志賀さんと、シニフィアン・シニフィエにいた。この話がどのように進むか現時点ではわからないけれど今日、彼は志賀さんと新潟にいる。

今年最初の、縁結び。信頼しているひととひととが結びついて一緒になにかいいものをつくることができたら、素敵だ。

志賀勝栄さんは、わたしが初心に帰る時、いつもそこにいる人のひとりだ。
いつも、感謝している。

All AboutのHuman dept.に取り上げてにらった時の記事を読み返し、気持ちを新たに。

「Human dept. ガイドの原点-origin-」

この文章が誰かの、何かいいことのきっかけとなりますように。
今日も、その気持ちでいく。

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