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January 2014

January 30, 2014

デュ・パン・エ・デジデのクリストフさんが友達と食べたかったパン。

食のセンスある方々にパンの愉しみについて伺う『わたしの素敵なパン時間』 (日清製粉 「創·食Club」、NKCレーダー、NKCレポートにて連載中)第34回目はデュ・パン・エ・デジデオーナーシェフのクリストフ・ヴァスールさんでした。

創・食Club会員及びNKCレーダー購読者の方のみご覧いただける記事ですが、許可を得てこちらでも全文ご紹介させていただきます。

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友人とテーブルを囲んで食べたいと思ったパンがスペシャリテになった
クリストフ・ヴァスール さん /  デュ・パン・エ・デ・ジデ オーナーシェフ

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◇ビジネスマンからパン職人へ

パン職人は自分がつくるものを通して人に笑顔を届けることができる。パンを食べる人たちに、昔を思い出すとか、記憶の旅をさせてあげられる仕事です。フランス人にとって、食べることは単に栄養を摂るというだけではなく、心を支えるものでもあります。フランスには「パンがないみたいに淋しい」という表現もあるし、フランス革命はパンが手に入らないことが原因で起きたしね。

小さい頃からぼくはパン職人になりたいと思っていました。手を使った仕事がしたいと思っていたし、皆でテーブルを囲んでおいしいものを食べることが好きだったので。でもうちは医者の家庭で、両親から勉強に専念するように言われ、いつしかその夢を忘れてしまっていました。

リヨンの絹織物の会社に就職し、アジアにスカーフを紹介する仕事をしていたある日、バンコクで商談中、突然仕事に物足りなさを感じてしまったのです。「なぜぼくはいつもスカーフの値段や注文の話をしているんだろう。本当はもっと違う、何かもっと大切なもの、人生になくてはならないものに携わりたいんだ!」と。そしてフランスに戻り、パン職人になりました。

◇パン・デ・ザミ誕生秘話

ぼくのパンを知らない人は、フランス人であっても10人中9人がちょっと焦げているんじゃないか、焼き過ぎなんじゃないかと思うようです。

パン屋になろうと思った時、学校は白いパンを教えるところばかりで、ぼくが作りたいパンを教えてくれるところはなかった。今のフランスでは白いパンが好まれ、皮のしっかり焼けたパンを食べる人は少なくなってしまっているからね。そこで仕方なく2週間だけ学校で基礎を学び、あとは修業先でつくり方を見ておぼえました。そして19世紀に建てられたパン屋の跡地で開業したのです。最初は試行錯誤の連続で、納得できるパンができるまでには4年かかりました。

ある日曜日のこと、友達を呼んで食事をした時に、2日置いてあった生地を焼いてみたんですね。それをじっくり1時間ほどかけて焼いたのです。時間をかけたのは友達のためだからでした。すると、なんでこのおいしいパンを店で売らないのかと聞かれたんです。「今日は特別に手間をかけたんだよ。友達のためにね」と言いましたが、「すごくおいしいから、絶対売ったらいい」と勧められたのです。それがパン・デ・ザミです。

パン・デ・ザミは時間が鍵です。焼き過ぎても味が落ちるので調整が大事です。トラディションフランセーズ粉を使って、イーストは0.02%。加水は多め。パンのおいしさの80%は香りだと思っています。このパンは上中下と香りが三層になっていて、上部は栗のようだし、下部はとても強い香りが、ワインのように鼻腔を抜けていく。色の濃いところは焦げているのではなく、ローストしてあるから苦くはないですよ。コーヒー豆みたいにね。初めてのお客さんには販売時にそのことを説明します。すると必ずまた買いにきてくれるんです。

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◇パン・デ・ザミの味わい

パン・デ・ザミは焼いて2日は焼きなおさなくて大丈夫です。ぼくはこのままで食べることもあるし、フォアグラやはちみつをつけたりして毎日のように食べています。板チョコもよく合わせます。妻はビターが好きだけれど、ぼくはミルクチョコが好きかも。チョコレートをパリっとかじると小さな花火がぱっと開く感じ。パンをかじるとまた小さな花火が開く。口の中でチョコとよく焼けたパンの香りが融合して、そのおいしさは何倍にも増殖していきます。この感じは、背脂の生ハムと言われるラルド・コロナータの薄切りと一緒に食べる時もそうなります。

◇アラン・デュカスとの出会い

ル・シャトーブリアンというレストランのシェフが友達で、プライベートの食事会に誘ってくれたことがありました。「アラン・デュカスが来るから、パンを持っておいでよ」ってね。その時、ぼくのパンを食べたデュカスがすごく驚いている様子だったのを覚えているんだけれど、食事のあとで、彼のレストラン、アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ用に焼いてくれないかと言われたんです。

「プラザ・アテネにはパン職人がいるでしょう?」というと「いるけれど、こんなパンは食べたことがないし、彼らにはこんなパンはつくれない」って。ただ情熱だけで、本当に何もないところからパンをつくり始めて10年。そのぼくのパンにあの三つ星シェフが「食べたことがない」って言ってくれたんだ!プラザ・アテネではパンをワゴンでテーブルに運んで、切り分けてサーヴしてもらっています。そのことをぼくは大変光栄に思っています。

クリストフ・ヴァスール / デュ・パン・エ・デ・ジデ オーナーシェフ
1967年オート=サヴォア県の医師の家に生まれる。世界各地で絹のビジネスマンとして働き、1999年にパン職人の道へ。2002年パリ10区で開業。スペシャリテである「パン・デ・ザミ」を中心に伝統的な製法のパンで1900年代のブーランジュリーの世界を再現する。

(株式会社日清経営技術センター会報『NKCレーダーvol.67』掲載記事)

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クリストフさんにお会いし、お話を伺うことができたのは、「J'AIME PARIS ジェーム·パリ~アラン·デュカスのお気に入り~」企画でクリストフさんがアラン・デュカスさんのお気に入りブーランジェとして昨年、東京のブノワに招聘されたからでした。Special Thanks to Alain Ducasse Entreprise.

本当に毎回、多くの方のご協力で成り立っているこの企画。今年はより多くの方に読んでいただけるよう努めます。

【関連記事】
「わたしの素敵なパン時間」クリストフ・ヴァスールさん

J'AIME PARIS アラン・デュカスのお気に入り パン職人編


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January 29, 2014

トースト総合研究所

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「トースト」や「食パン」に関する調査情報やオープンデータなどを中心に情報発信する「トースト総合研究所」にてコラムの連載が始まりました。

清水美穂子のToast+something good(トーストとなにかいいもの。)
トーストの愉しみについて綴っていけたらと思っています。

トースト総合研究所

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January 25, 2014

『パンの文化史』舟田詠子さんのこと。

1998年に朝日選書で出版された舟田詠子さんの『パンの文化史』が講談社学術文庫で復刊されたのを記念して、先日、上智大学で小さな講演会がひらかれた。

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『パンの文化史』を初めて読んだ頃は、パンのことを書いていくにあたって、自分はパンの何を伝えたいか、いろいろな角度からパンを眺めていた時期だった。先にも書いたように、世界中のパンの名前を冠した創作パンをお店で買って食べることから始まっている日本のパン食文化について疑問に思ったり、そのルーツを知らないでつくったり食べたりするのは無責任だと感じていたので、この本は常にデスクに置いていた。

今回の講演会では先生の研究者としての姿勢に心を動かされた。今までも先生のこと、「女探偵」などと書いたりして来たけれども、その探究の道の先々で、不思議な出来事や出会いがある。それは何か大いなる存在が先生に、研究を続けなさい、と仰せになられているような。ものごとを真剣に究めてゆくと、その力が世界を動かして、偶然が必然になるような瞬間が訪れることがあるのかもしれない。

スイス人のパン研究家、マックス・ヴェーレン博士の著書を翻訳し、それがなんて面白いことかと上智大学の史学科の教授に話した際、「自分で研究されたらもっとおもしろいですよ」と言われたことが、先生を研究者にした。後に先生はマックス・ヴェーレン博士に師事する。

「パンというものはわたしにとって、作ったり食べたりしている今のこの時間だけではなくて、想像もつかないほど古代から作り始められて脈々と続けてきた結果なのだ、と思い立った時、大事なことを書き記しておこうと、パンの文化史の仕事を始めました」と先生は言う。

パンの歴史は古代から今日まで麦の品種改良の歴史。より粒の多いものを、病気にならない丈夫な麦を。そして製粉や発酵や焼成の技術の発達の歴史でもあった。古代から絶えず人が研究してきて、現代の我々が受け継いでいる。途絶えさせてはいけないもの。先生はそのように考える。

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講演は『パンの文化史』の最後に付いている分厚い参考文献、注、図版リストなどの付録の話から始まった。

学問の流れは古代から川のように流れている。自分がどこの川のどのへんにいて、どこへ向かって流れているのか、把握しなくてはいけない。先人が研究したことに書き加えていき、後の人がどこまでもそれを辿っていかれるよう、本に書かれた事実について付録に記す。これはとても大事で研究書にはどうしても必要なものなのだという。

いまはインターネットの時代。なかに掲載された白黒の小さな写真を、皆さんはご自分のパソコンで検索して、大きな写真でご覧になってくださいね、という。本を横に置いて、興味を惹かれたものを自分で辿っていくならば、わたしたちはにわか研究者のあるいは探偵の気持ちをひととき、持つことができそうだ。

パンの研究を始めた頃、先生はスイスで6本のひも状の生地を編む、編みパンを教わった。「そのパンをいつ誰が始めたかわからないけれど、遠い日本から行ったわたしの手が、そのパンの作り方をおぼえた、自分の手に入ったことが、感動だった」そういうふうにパンの技術をおぼえたり、パンの味を知って、今がある。

シュトゥットガルト大学の先生でスペルタ小麦(スペルト小麦、ディンケル小麦)について植物学的に一番知っていると思われる人に会いに行き、泊まりがけで教わったこともあった。

「ヒトとムギの歴史はこのように一万年あまりになる。この悠久の時を縫って、私たちの祖先はムギを選び、栽培し、種を保存してきてくれた。ムギはまさしく地球の遺伝資源。人類の大いなる遺産。そしてパンはその果実である」(文中より)

マックス・ヴェーレン博士に直接師事し、すべての著作を読み、古代遺跡から出土するパンや壁画の見方も教えてもらった先生だが、自分の関心がパンそのものではなくパンを食べる人間だということを認識する。
「パンの文化史という本を書いているけれど、わたしは人間を書いているんですね。パンは人間が食べるためのもの。健康を維持し幸せな生活をするためにある。だから人間を書いているんです」

そして先生はさらに進んでいく。

一番最初に人間が考えたパン焼きの方法といわれている、ベドウィンの灰焼きパンを、先生は実際にやってみる。灰をかぶせて火を通すのだ。食べた人は皆「灰がなければおいしいのにねぇ」と言う。「古代の人もそう思ったことだろうと思いますよ。やってみるとわかるんです。そしてボウルをかぶせてその上に灰をのせるといいとか、おいしいパンを焼く方法を考えて行くんです」。円錐形の型を使って、古代エジプトの人のようにパンを焼いてもみる。古代エジプト人の気持ちを感じとろうと努力する。
ここはほら、探偵のようでしょう。犯人の気持ちになってみなくちゃ始まらない。

好奇心の先に、頑丈な扉が立ちはだかってしまうこともある。でも、先生はその扉の鍵穴をさがす。鍵を開ける方法を知っている。その鍵は語学と粘り強さと愛嬌と無邪気さを持った真剣さかと思う。怖いものなしだ。博物館で、外国の田舎の村で。

時代の移り変わりで消えゆく屋外のパン窯を撮るロケで、撮影隊が機材を運ぶ車が必要だった時、たまたまバカンスに来ていたドイツ人の建築家が運転手を務めることとなった。その出会いも偶然なのか必然なのかおもしろいエピソードだった。ロケに同行することになった彼はやがてパンの窯や道具を描いてくれることになる。
「おもしろい。なにしろおもしろいんですよ。すべてが」先生は目を輝かせながら言う。

先日お会いしたある職人さんもそう言っていた。「おもしろくて、仕事をしているって感じじゃないんです」天職に出会ったひとの言葉だと思う。

『パンの文化史』はパンの仕事に携わる人、パンが好きな人、すべての人に持っていてほしい本だと思う。先生がヨーロッパを巡って、大事なことを日本語で記してくれたことを、ほんとうに有り難いことだと思う。

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January 23, 2014

BONNAT×VIRON×北海道美瑛ファーム

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カルチャーセンターの講座を務めたあとは伊勢丹で開催されているサロン・デュ・ショコラへ。

年々大きくなるこの催事、伊勢丹はついにVIRONにバゲットレトロドールを持ってきてもらうことに成功した様子。

1884年、フランスの南東、アルプスの麓のヴォアロンで創業したBONNAT(ボナ)とVIRONのコラボに注目です。

ボナがバゲットレトロドールに挟むために作ったGouter(グテ)なるショコラのサンド「バゲット・オウ・ショコラ」用に27日まで1日5回ほど、かのバゲットレトロドールが伊勢丹へ運ばれます。この魅惑のサンドイッチは、7Fのカフェで食べることができます。

サロン・デュ・ショコラ

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January 22, 2014

朝日カルチャー 野外講座 美味しいパン屋さんめぐり

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朝日カルチャーセンター大人の野外講座「美味しいパン屋さんめぐり」で有楽町のセントル・ザ・ベーカリーへ。

カルチャーセンターという場でお話をさせていただくのは、初めての体験でした。パン屋さんめぐり、というのはこの講座のシリーズ名で、毎回一軒です。

サンドイッチを食べて「おいしい!」と極上の笑顔をみせてくれたその人たちは、カルチャーセンターでパンに限らず興味を惹かれる講座を見つけては参加されている、知的好奇心旺盛な人たち。パン屋さんたちは、こんな笑顔から仕事を続けていくチカラをもらうのだな。そのパンがおいしい理由を、いくつかお話しました。受講された方の笑顔から、嬉しい気持ち分けていただきました。各テーブルごとに盛り上がっていて、途中からはテーブルごとにまわってお話しする感じに。お会いできた皆さまに感謝。

本日のメニューは、3種類のパンと3種類のバターに、ジャムや蜂蜜、自家製ピーナツクリームのテイスティング、身体の温まる濃厚なシャンピニオンのスープ、たまごサンド、BLTサンド、ビフカツサンド(6300円の!)、フルーツサンドなど、サンドイッチはフルサイズの1/4ずつ、そして飲物。オーナーの西川さんとシェフの牛尾さんの詳細な解説付きで。
わたしは、Bread+something goodでいう、+の役割ができたでしょうか。西川さんと牛尾さんと店長、そして料理やパンを作ってくださったシェフたちにも心から感謝を。

来月はツオップへ行きます。

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January 19, 2014

ききパン!和麦カフェ 志賀勝栄シェフに聞く


小麦食を通じたコミュニケーションで日本を元気にするさまざまな活動を行うコムギケーション倶楽部。わたしは以前、製粉会館でマスコミ向けセミナーをさせていただきましたが、パンが好きな方々に向けての楽しいイベントも開催しています。

たとえば国産小麦を普及させる「和麦ひろば」ではパンマニアの片山智香子さんがパンの試食会「ききパン!和麦カフェ」を毎月開催しています。

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きょうの「ききパン!和麦カフェ」の話し手はシニフィアンシニフィエの志賀勝栄さんでした。

志賀さんがパン職人として働き始めた頃は「パンは外国のものだった」と志賀さんは言います。職人さんたちが外国に行って、製法を学んでくるもの、見習って真似をするものだったと。

そう、多くの職人さんがフランスに見習おうとしていた時代、というのがあったと思います。でも、昨今の雑誌のパン特集をみれば、フランス風のパン屋さんばかりではない、個性的な新しいパン屋さんがたくさんオープンしています。

きょうはパン用小麦の生産をされている北海道の前田農産から前田茂雄さんも来られていました。前田さんのところでは「ゆめちから」「キタノカオリ」「春よ恋」「はるきらり」「きたほなみ」などのパン用小麦に取り組まれています。

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和食であれ、フランス料理であれ、そしてパンであれ、自国の素材を使って、それをつくることの意味を想います。

「国内の小麦でこれだけおいしいパンができた、となった時、初めて世界に発信できるパンとなるのではないかな」と志賀さん。

食文化として根付くとは、そういうことではないか。

パン食を日本の食文化に沿って考えていくと、先に作ってほしい小麦粉があるということが大事になってくる。その前に、「こういうパンが好き」と生活者に言ってもらうことも大切。それがパン職人から生産者に伝わり、食べたいパンに必要な品種がつくられることになるかもしれないのだから。

そういうことが、今の日本では、可能になりつつある。それだけ、パン食文化が深まってきている感覚を、パンの好きな生活者がいて、職人がいて、生産者がいる会場で、きょう、あらためて感じることができました。


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January 15, 2014

セテュヌボンニデー

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晴れの日も。雨の日も。曇りの日も。
どんな時も、私の幸せがそこにある。
そうだあそこに行こう。
それは、いい考えだ!

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セテュヌボンニデー。
C'est une bonne idéeは、It's a good ideaということ。
店名は覚えにくいけれども、センスがある。

アイデアから社会的意義のある新しい価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらそうとしている杉窪章匡さんプロデュース。
そういえば、彼の夢は世界平和だ。

ガストロノミーを追究する先に、上質な素材があった。
無添加だ、オーガニックだと声高に叫ぶことはない。
それより生産者とのつながりと加工技術を持って静かに実行する、真実味。
365日とセテュヌボンニデーの取材を通して、新しいセンスを感じた。

そこで働く人たちは、いきいきとしている。
自分のしている仕事が何に繋がっているかわかっている人たちの働きに触れた。


セテュヌボンニデー【向ヶ丘遊園】

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January 12, 2014

舟田詠子さん『パンの文化史』復刊記念講演会のお知らせ

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今から12年近く前、All Aboutの記事の中で次のように書きました。


「今、日本のパン屋さんには世界中のパンが並んでいます。イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、アラブのパンなどなど、 こんなにいろいろなパンを食べている国は世界でも日本だけといってもよいかもしれません。 でも、世界の人びとがパンをどのように大切なものとしてきたか、という文化については あまり知られていないのです。」

そう語る舟田詠子さんはパン文化の研究者。20年以上にわたって、ヨーロッパ各地で実地調査と文献研究を行っています。その著書『パンの文化史』(朝日選書)の中で、次のようなことが書かれているのを、興味深く読んだことがありました。

商品としてできあがったパンを食べることから始まった日本のパン文化は、作る側は売れ筋商品の開発、 食べる側はパンの珍しさや流行に目が向けられるだけで、どちらもパンの背景の文化をあまり見ない。 店には世界各国風のパンが並ぶのに、その資料は国内にとても少ない。

この本、『パンの文化史』が今度、講談社学術文庫で復刊されました。それを記念して、講演会が開催されます。

日時: 1月23日(木)19時~21時
場所: 四谷 上智大学ソフィアンズクラブ
会費: 3000円 (講談社学術文庫『パンの文化史』1冊込み)
お申し込み: 舟田詠子 pan8@mac.com
舟田詠子さんのホームページ

時にはいつもと違う角度からパンを味わってみるのも、いいものです。

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January 08, 2014

人と人、人と言葉の繋がりについて

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年末、All Aboutベストパンの記事を書いている時、数年前に仕事をご一緒したひとから、メッセージが入った。数年前のその仕事は、拙著『日々のパン手帖~パンを愉しむsomething good』(メディアファクトリー)を読んだそのひとが声をかけてくださった、わたしにとって本当に大きなプロジェクトだった。

今回もわたしが以前書いた記事で、シニフィアン・シニフィエの志賀勝栄さんの故郷が新潟県十日町市で、町おこしのお手伝いとして米粉パンをつくられていることを知り、自分は今、十日町で地元産の米粉を使った食品の工場建設に携わっているので、何か一緒にできないかと思うというお話。

年があけてすぐに、わたしはそのひとと志賀さんと、シニフィアン・シニフィエにいた。この話がどのように進むか現時点ではわからないけれど今日、彼は志賀さんと新潟にいる。

今年最初の、縁結び。信頼しているひととひととが結びついて一緒になにかいいものをつくることができたら、素敵だ。

志賀勝栄さんは、わたしが初心に帰る時、いつもそこにいる人のひとりだ。
いつも、感謝している。

All AboutのHuman dept.に取り上げてにらった時の記事を読み返し、気持ちを新たに。

「Human dept. ガイドの原点-origin-」

この文章が誰かの、何かいいことのきっかけとなりますように。
今日も、その気持ちでいく。

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January 04, 2014

ワイン好きを喜ばせるオリーヴバゲット

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昨年の終わりころに発売されたル・プチメックのオリーヴバゲット。
グリーンオリーヴとチーズ入りで、生ハムバゲットと同じくらいワイン好きを喜ばせているバゲットです。

挟んだり添えたりしないで、バゲットの中になにかいいものをたっぷり詰めこんでひとつのパンにまとめてしまうところは日本的、といえる
かもしれませんが、味のバランスもセンスも抜群。新年会に持っていけばみんなが喜びます。

ル・プチメックはAll Aboutベストパンでも、皆が大好きと答えたバゲットのおいしいお店としてその名前が挙がっています。

+something goodなバゲットなら、チョコレートをたっぷり包みこんだバゲットショコラもおすすめです。

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January 03, 2014

2014年、新しい年に思うことと「パン日記」ファイル

あけまして、おめでとうございます。

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新年はチクテベーカリーのシュトレンを愉しんでいます。師走の大仕事が終わった後、ゆっくりシュトレンを楽しむ、というのは、以前他のパン屋さんにも聞いたことがあります。わたしは昨年そんなに大仕事はできなかったけれども、ひとに必要とされ、ひとの幸せな食の一端を担っているひとたちと、こうして関われていることに感謝して、いただいています。

年末はいつも通り、おせちをつくって実家に届け、帰ってきてから深夜に一番近くの神社に初詣。甘酒接待や地元の農作物の福引をする近所のひとたちと新年のご挨拶。

おせちを届けるようになったのは父一人になってからだけれど、この習慣は続いている。日が昇って、昼間に夫と散歩。隣町の大きな神社は長蛇の列をなしていたのであきらめて、お寺に参拝。以前、薪能に行ったひろいお寺だ。
いつもはひとがいない境内はお線香を炊く人や独楽まわしに興じるこどもたちで賑わっていた。お正月の神社仏閣はひろく、ひらかれている感じがする。

わたしたちがセルフタイマーで記念撮影をしようとしていたら、お坊さんが出てきて写真を撮ってくださった。
わたしは、カトリックの家庭に生まれ育ち、大晦日や新年はミサに出たものだったが、最近はこんな調子である。

昨年、箱根のお寺で生まれて初めて自らが直接かかわって、伯母の永代供養の手続きをする、という経験をした。敬虔なクリスチャンであったのに今では教会に行かれなくなってしまった父のこともあるが、宗教とは何だろうと最近よく考える。
今この日本に生きるわたしにとって、特定の宗教というものは民族や家族、お墓の問題など便宜上あるもので、神さまの存在は結局一緒でないかと思いはじめている。

特定の宗教を信じる人もそうでないひとも、年の一区切りがつく年末年始は、目をとじて、手をあわせて、礼をして、今年を感謝し来年を祈願をしたくなるのだ。それはきっと、いいことだ。

そしてこの時期に限らず、毎朝毎晩、空を眺めると、同じように祈りの気持ちになる。流れる雲や日の陰りや月の満ち欠けを眺めているときに。

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大晦日、実家の本棚の奥に母のファイルがあるのを見つけた。それはかつてのこのBread Journalを父がインターネットをしない母のためにプリントアウトしたものだった。くすぐったい。そしてこの両親のもとに生まれていたことに感謝し、こんなでごめんなさいと懺悔し、よりよく生きたいと願う。みんなが幸せでありますようにと祈る。

父が元気でいるうちに、もう一冊だけ、本を出せたらいいと思う。

自分の書くことが、誰かの、何かいいことのきっかけになりますように
と、思いながら文章を書いている。わたしは今年も、それでいく。
ずっと、それでいく。

また、パンのことからそれてしまった?
こういう日もあるけれど、ここでまた書くことを続けていきたいと思います。

今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

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